タイは「東洋のデトロイト」と呼ばれるほど、東南アジア最大の自動車産業集積地であり、また、国別の投資額で日本が60％以上(2013年) を占めるなど、わが国とも非常に関係の深い国です。

　2011年に発生したタイ大洪水は日本でも大きく報道されましたが、他の日系企業と同様にアドバネクスタイランドも被害を受けました。「微笑みの国」とよばれるほどの穏やかな国民性と親日的な所が日本人に愛されていることもあり、大洪水の後も変わらず、多くの日系企業の重要な拠点となっております。

　アドバネクスタイランドは2つの工場があります。ひとつは、世界遺産として有名なアユタヤ遺跡のあるアユタヤ県、もうひとつは、自動車関連企業が集積しているチョンブリー県にあり、どちらもバンコクから車で1 時間ほどの距離です。従業員は両工場あわせて200人程度です。

　アドバネクスタイランドは、他の海外拠点と同様に、アドバネクスグループのポリシーを共有しつつも現地人主体で運営されております。社長を含む経営層はタイ人で、日本人はサポート役として現在2名駐在しています。同社は、アドバネクスグループの中でも自動車向けの売上比率が高く、2015年3月期の売上高16億円のうち半分以上が自動車向けでした。

　他の日系メーカーの多くは社長以下幹部の殆どが日本人で、コミュニケーションは英語または通訳を介して行われますので、英語を話さない、ローカル社員との意思疎通が難しい場合もあります。一方、当社ではロン社長以下幹部もタイ人ですので、一般社員まで会社の方針を正しく理解している点が有利だと思います。また、近年、顧客の日系企業でも日本人駐在員の削減と同時にタイ人幹部の登用が進んでおり、顧客とのコミュニケーションの面においても有利になってきています。

　最先端の技術をもつ日本人エンジニアが駐在し、指導している企業と比べ、技術習得の面では難しいと感じています。それに対し、当社はエンジニアを積極的に海外研修させることで不利を補っておりますので、技術の進化には対応できていると認識しています。

　2003年頃、自動車向け拡大の方針を定めたことです。当時売上の80％以上がOA機器・家電向けと偏っていましたので、リスク分散する必要があると考えておりました。当時、自動車向けの売上が殆ど無かったため、実績を重視する自動車部品メーカーとの新規取引は困難でした。日本人駐在員の協力を得ながら、顧客タイ人担当者へのアプローチを根気よく続け、最初の受注を獲得したことが突破口となりました。少ない量からのスタートでしたが、徐々に信頼を得て注文を増やし、直近では、1車種に40種類以上の部品が採用されるほど取引量は拡大しています。

　座席やステアリングに使うような、太くて大きなばねを取り入れたことです。売価は、一般的な家電向けの精密ばねに比べ10倍以上にもなり、利益率も悪くありません。また、溶接やショットピーニング（＊）など新しい技術を取り入れることで、付加価値が増加し、ビジネスチャンスも広がりました。
（＊）無数の鉄または非鉄金属の丸い玉を高速度で金属表面に衝突させ、表面に丸いくぼみを残すことで強度を向上させる加工技術

　（深いため息をついて）たくさんあり過ぎて何から話をしたらよいか分かりません（笑）。感動的だったのは、自分の家も被災していたにも関わらず、社員たちは工場から離れず、ずっと一緒に会社を守ってくれたことです。皆職務も役職も関係なく、力の限りを尽くしてくれました。
　洪水が近づいてきたとき、引越し業者などはどこも手一杯でしたので、全ての自分たちで運搬作業をこなしました。納期も迫っておりましたので、危険の伴う作業でしたが、何とか時間内に最小限必要な機材を運び出し、生産を再開させました。一方、持ち運びが間に合わなかった機材や設備もありましたので、それらはコンテナを２つに重ね、水の当たらない上のコンテナに機材を避難させ、濁流の到来を待ちました。コンテナは3m近くありましたので高さは十分かと思っておりましたが、下の方は完全に水没してしまい冷や冷やでした。何度も即断を迫られる場面がありましたが、本社は支援する一方で、判断を任せてくれたこともあり被害は最小限に抑えられました。